留学先輩親子からのメッセージ

奄美市には、日本全国から移り住み、お子さんが小規模校に通うご家族がいらっしゃいます。
なぜここだったのか、学校と暮らしはどうか、三人のお母さんにお話ししてもらいました。

矢野結理さん

(東京都出身。
夫と、小学生の長男、次男、
未就学の三男の五人暮らし)

NYから、運命の地・奄美に。子どもたちには島っ子の誇りを持ってほしい

2008年に夫婦で奄美大島に移り住みました。それまでは、結婚前も含め、二人とも約10年ニューヨークに暮らし、仕事も、夫は音楽関係、私もダンスと、いまとはまったく異なる生活でした。夫は宮崎、私は東京出身ですから、奄美に所縁(ゆかり)があったわけでもありません。でも私は、将来ここに住むと学生のときにすでに決めていたのです。きっかけは、奄美大島出身のミュージシャンの大ファンになり、島に訪れるようになったことでした。もう、運命ですね(笑)。

住むと決めていたとはいえ、閉鎖的だとも聞こえてきたので少しだけ不安でした。心配をよそに、すぐに受け入れてもらうことができて、なにより子育てがしやすい!地域ぐるみで常に子どもを応援してくれているあたたかさは、都会での子育てではえられないものですよね。とにかく本当にたくさんの人にお世話になっていて、あっちにもこっちにも足を向けないよう、立って寝なくてはいけないくらいです!

長男がそうだったように、次男も特認校制度※を利用して、3年生からは芦花部小学校に通うことになっています。もともと通っていた、学区内の大きめの学校も満足していたのですが、小規模校にも通ってみたいと子どもたち自身が選びました。少ない人数ではあるものの、一人ひとりと深く関わって過ごす学校生活は、子どもにとって楽しいだけでなく、とてもためになる経験で、選べる贅沢をありがたく思っています。
うちの子どもたちは島っ子。その誇りを持って、島を自慢に思って育ってほしい。自然の中で存分に遊ばせれば、一度出て行っても島に戻って来たくなると耳にするので、そうするようにしています。夫も島生活をすっかり気に入っており、学生時代の決心に従って移り住んだのは大正解でした。

※「特認校」として指定された、主に自然環境に恵まれた小規模校に、通学区域に関わらず希望者が通える制度。

松尾奈々さん

(愛知県出身。
夫と、小学生の長女、未就学の
次女、長男の五人暮らし)

屋仁小学校で出会った、子どもたちの挨拶に心打たれて

夫が(奄美市の)名瀬出身で、いつか戻ってきたい気持ちがあったようです。「自分が子どもたちに伝えられる遊びは海遊びしかない」と思っていたんですね。一方の私は、2017年の9月にここに来るまで住んでいた愛知県の知多半島がとても気に入っていて、移住するつもりはまずありませんでした。ところが、訪れた機会にたまたま屋仁小学校を見学させてもらったら、ほんの数分で魅入られてしまいまして…。学校で、子どもたちが挨拶してくれたんですね。その挨拶が、「これこそ挨拶というもの」と目を開かされるほどに、心打たれるものだったのです。生命力に満ちた子どもたちに出会って、「こんな子たちがいるところならここがいい」と、自然と思わされました。私の気持ちの変化を夫は喜んだと思いますね。

愛知県で長女が通っていた学校の先生も、熱心には指導してくれたのですが、競争社会の中で、必死に優等生になろうとがんばり、自分を押し殺し、日々、緊張感が漂っていました。ここではその緊張感から解放され、自らを表現できるようになったと思います。いまでは大好きな学校に休みの日があるのが不満らしいですよ(笑)。子ども同士で元気に遊びまわる姿に、親にとっても代えがたい安心感を感じます。

集落全体が大家族のようであり、学校を含めた地域が子育てに親身に関与してくれて、安心して子どもを遊ばせ学ばせることのできる環境に、いまも感動し続けています。ある日屋仁のじぃに、「雨の日は外で遊べよ」と言われて、初めは理解できなかったのですが、雨の日を楽しく過ごす工夫こそが学びになるとわかり、なんて素晴らしいのだろうと感じました。最良と感じていたシュタイナー教育(子どもの自立性を育むとされ国際的に知られる教育法)を、理屈でなく満たし、超えるものが、ここにはあると感じます。ずっとほしかった家族で過ごす時間も増え、親子共に心に余裕ができました。わが家には子どもが三人いますけど、この集落でならあと二人くらい育てられそうなくらいです。

  • *二組のご家族は、「奄美 くろうさぎ留学」の制度ができる以前に来島されています。記載内容はすべて2018年2月現在のものです。
くろうさぎ
奄美市教育委員会 学校教育課
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